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 アジア最後のフロンティア、ミャンマーの国民性と日本企業の進出時の注意点

2014年2月18日

2011年3月にテイン・セイン大統領が就任し民政移管が完了して以降、ミャンマーは以前では予想も出来なかったようなスピードで矢継ぎ早に改革を進めている。同年11月に米国クリントン国務長官(当時)がミャンマーを訪問し、翌2012年4月にはEU、翌5月には米国が同国に対する経済制裁の一時停止と一部緩和を発表したことを受けて、世界銀行やアジア開発銀行等国際機関が支援を再開した。

欧米諸国の進出に遅れまじと、日本はまずミャンマーの約5000億円の延滞債務のうち約3000億円を免除、残りの約2000億円を民間銀行のつなぎ融資で対応するという思い切った債務免除方針を打ち出し、2012年10月には国際通貨基金・世界銀区年次総会において対ミャンマー円借款再開を公表し、経済協力への道筋をつけた。翌2013年1月には麻生副総理がミャンマーを訪問してテイン・セイン大統領と会談し、約500億円の円借款による経済発展支援を提案してから、日本の対ミャンマー支援の柱ともいえるティラワ経済特区の開発や、その他、電力インフラの改修プロジェクトや証券取引所開設プロジェクトなど、ソフトからハードに至るまで続々と支援を打ち出した。官民あげた日本のミャンマー支援によってインフラ整備が進み、ミャンマーにおける日本のプレゼンスも強まるにつれ、日本企業が同国へ進出するための環境が着々と整備されてきている。

最近ではミャンマー関連のニュースを新聞で目にしない日の方が少ないのではないか。民間企業の間でも、特に会社規模や業種を限定することなく様々な企業が同国に対して関心を持ち、程度の差はあるものの、自社のミャンマー進出の是非を確認すべく、情報収集とネットワーク構築等に積極的に動いている。

ミャンマーは敬虔な仏教国であるため穏やかな国民性が特徴で、日本の約1.8倍の国土には、なぜ同国にばかり集中したのかと思えるほどの豊富な地下資源がある。さらに、安価で活用できるありあまる若年労働者を抱えるだけでなく、地政学的にもメコン経済回廊の西側の起点という交通の要衝で、国境を隔てで中国とインドとつながっているため、同地域における事業展開では大変戦略的な意義がある国である。

また、現在でこそ、名目GDPが510億ドル、一人当たりGDPが824ドル(IMF推計、2012年)で国連の後発開発途上国リストにもその名を連ねるが、ミャンマーは東南アジアでも抜群の識字率の高さを誇る教育水準の高さに加えて、国民はもともと勤勉・勤労な性質であるため、上記の優位性を発揮して飛躍的な成長をとげる可能性が大きい。第2次世界大戦時に日本が同国を占領した歴史はあるものの、大変な親日国でもあるため、日本にとって投資先としてこれ以上はないほどの大変魅力的な国である。最近よく耳にする日本のミャンマー論は大体このようなものだろう。

公的機関や民間のコンサルティング会社がミャンマー進出支援のために開催する投資環境関連セミナーでも同様のことが紹介されているケースが多い。それらのセミナーでは、投資に関連する法制度(外国投資法、会社法、SEZ法)、推奨される投資形態に加えて日本企業が投資するのに有望と思われるビジネス等の説明もなされるが、ミャンマー人の性質や国としての特徴については大体同様の内容が紹介されていることがほとんどである。

筆者自身もそのようなセミナーにいくつか参加してから、初めてミャンマーを訪問した際には、その控えめで親切な国民性には感動を覚え、旅行先としても投資先としても最高の国だと身近な人に触れ回った。しかし、ミャンマー人との仕事が増加するにつれ、彼らが、本当に日本人が考えるほどの教育水準の高さや「親日ぶり」を持っているのだろうかと疑問を感じることが多くなってきた。

そうしたなかで、進出支援のためのミャンマーの投資環境セミナーとは別の観点でミャンマーを語る、上智大学アジア文化研究所の根本敬教授の「ミャンマーの現状と課題」の講演に参加する機会に恵まれた。そこで少なくともミャンマーを教育水準の高い国と呼ぶことに違和感を持つことがごく自然であることを確信した。

識字率とは、ある国または一定の地域で、文字の読み書きができる人の割合を表すもので、ユネスコでは「15歳以上人口に対する、日常生活の簡単な内容についての読み書きができる人口の割合」と定義されている。ユネスコ統計研究所2012によるとミャンマーの2006年から2010年の間の成人識字率は92%であり、同時期の後発開発途上国平均である58%どころか世界平均である84%をはるかに上回っており、確かに高い。

しかし「日常生活の簡単な内容についての読み書きが出来る」とは、国によっては自分の名前の読み書きが出来るレベルをさすといった、曖昧な指標であることを忘れてはならないだろう。また、教育水準については、残念ながら同ユネスコ統計研究所2012にはミャンマーの初等教育科就学率の記載はない。日本ユニセフ協会の世界子供統計(ユネスコ統計研究所およびユネスコ。EFA2000、複数指標クラスター調査(MICS)および人口保健調査(DHS)の結果を含む)によると、1996年から2003年のミャンマーの初等教育純就学・通学率は84%とされ、さらに外務省の諸外国・地域の学校情報(平成24年5月更新)によると初等教育の就学率は96.6%だが、中等教育就学率は42.2%、高等教育就学率は32.6%と下がるため、小学校の初等教育から中等教育に進学できない生徒が約6割に上ることがわかる。

さらに大学進学率は国民の約1割といわれるが、ここで注意しなければならない点がある。1988年にヤンゴン大学で学生がデモを起こしたことがきっかけとなって大学が閉鎖され、その後、大学再開と閉鎖を大体7ヵ月から12ヵ月のスパンで2000年になるまで繰り返したため、現在30代半ば~40代後半の大学進学者は、外国に留学しない限り十分な大学教育を受けていないのである。これでもミャンマーを教育水準の高い国とは呼べるだろうか。

しかし、上記を勘案してもなお、筆者はミャンマーは日本企業にとって大変魅力的な投資国であると考えている。地理的優位性やありあまるほどの若年労働者に加え、豊富な資源を持っている事実は無視できない。電力インフラ等のハードインフラが整備されたら、豊富な労働力を活用できる同国の魅力はさらに増すだろう。また、我が国の経団連よりはるかに長い歴史を持つミャンマー商工会議所(Union of Myanmar Chamber of Commerce and Industry, UMFCCI)は組織的、かつ、系統だった行動をとることができる、後発開発途上国においては稀な「機能する」組織であり、この組織が政府や諸外国企業等と連携して経済発展のための舵取りの大きな役割を果たしていることもプラスの要因ではないだろうか。

ただし、同国に進出する際には一般的なセミナーの説明をベースに情報収集するのではなく、十分な現地調査とミャンマー人とのやり取りを行った上で、さらに検討してから決断することを強く提案する。ミャンマー人が自国の経済発展にかける意気込みが強い分、外国企業から「もらえるものはもらう」したたかさも強いのである。

(高山 恵)

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