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 内陸原発めぐって綱引き

2016年3月23日

内陸部での原子力発電所の着工には、もう少し時間がかかりそうだ。中国国家能源局の努爾・白克力局長は2016年3月6日、内陸部での原発建設について、さらに検討を加えており各界から意見を広範に聴取しているとしたうえで、具体的な着工のスケジュールは決まっていないと言明した。一方で同局長は、沿海部で建設・計画中の原発だけで2020年の国家目標(稼働中5800万kW、建設中3000万kW)を達成することができるとの見通しを示した。

現在、中国で運転中、建設中の原発はすべて沿海部にある。当初、内陸部でも「第12次5ヵ年計画」期(2011~15年)に建設がスタートする予定だったが、2011年3月に起こった福島第一原子力発電所の事故によって着工が延期された。2012年には新しい原子力発電中長期計画が公表されたが、内陸部の原発には着工しない方針が明らかにされた。

こうしたなかで、「第13次5ヵ年計画」期(2016~20年)のスタートを控え、内陸部の原発に着工できるとの期待が高まった。しかし、昨年12月末、国家発展改革委員会の解振華副主任は内陸部の原発をいつ、どこに建設するかについてはさらに検討を加える必要があると語り、そうした期待は完全に裏切られた。努爾・白克力局長の今回の発言は、中国政府の方針を再確認する形になった。

3月に開かれた「両会」(全人代と政治協商会議)に2013年から4年連続で原発の建設を提案した湖南省関係者も落胆の色を隠せない。同省関係者は2016年内の着工をよびかけていた。湖南省政府は2016年3月7日、努爾・白克力局長の前日の発言を受ける形で、桃花江原子力発電所の建設推進に向けて公衆の理解促進などを目的とした指導グループを設立したことを明らかにした。

中国政府は2008年、同発電所の前期作業(着工までのすべての作業)の開始を承認。当初の計画では2011年に着工し2015年に商業運転を開始することが見込まれていたが、福島第一原子力発電所の事故を受け前期作業がストップした。これまでに、設計や設備の調達・製造、現場での施工準備等に加えて、着工に関連したハード、ソフト作業も完成し、着工の準備は整っている。すでに43億元が投じられているという。現在、湖南省以外の内陸部の省で、前期作業の実施が中央政府から認められているのは湖北省の大畈原子力発電所と江西省の彭澤原子力発電所。いずれも「AP1000」が採用されることになっている。

これまで、内陸部での原発の建設に対して反対がなかったわけではない。反対の急先鋒として知られているのが国務院発展研究センターの王亦楠研究員だ。同氏は3月2日、「長江流域の原子力発電所は慎重を期さなければならない」と題する論考をメディアに発表した。王氏は、核セキュリティや中国の原子力安全法規の水準、(内陸原発で採用されることになっている)「AP1000」の設計面での安全基準、「AP1000」の基幹設備の信頼性、安全評価における確率論的手法の採用、内陸原発立地点の大気拡散条件、内陸原発の熱影響、シビアアクシデント下における水資源確保の事前対応策、人口分布に関係したリスク評価と緊急時計画、放射性廃棄物の処分と原子力施設の廃止措置――の点から問題点を指摘し、内陸部での原発建設に異を唱えた。

実は、王研究員が再度、こうした論考を発表した理由がある。国内外が注目する「両会」にあわせてということももちろんあるが、中国共産党中央委員会総書記としての習近平氏の発言が背景にあった。習近平総書記は1月5日、重慶市で開催された長江経済ベルト発展座談会で重要な講話を行い、長江の生態環境修復を最優先として大規模な開発をしないとの見解を表明した。

長江は、水運や淡水ならびに電力の供給において死活的に重要な役割を果たしているが、深刻な汚染や水力発電所の乱開発といった問題に直面している。一方で、習政権は「一帯一路」(新シルクロード)戦略や「北京・天津・河北省協同発展」戦略に加えて「長江経済ベルト」を3大発展戦略と位置付けている。

国家発展改革委員会等が3月2日に通知した、「長江経済ベルト創新駆動産業転換昇級プラン(方案)」では、11の省・市を含む長江経済ベルトにおいて戦略的新興産業を飛躍的に発展させるとの方針を示した。このうち新エネルギー分野では、長江沿岸のグリーンエネルギーベルトを拠り所として、原子力発電や風力発電、スマートグリッド、シェールガス、太陽光発電、バイオマスエネルギーを重点的に開発するとしている。また、四川省や上海市、浙江省、江蘇省において、次世代の原子力技術と先進的な原子炉の研究開発を実施する方針を示した。

一応、長江沿岸(内陸部)の原発計画は盛り込まれているが、具体的なスケジュールは明記されていない。3月17日に公表された「中華人民共和国国民経済・社会発展第13次5ヵ年規画綱要」では、「沿海部の原発を重点として自主的な原発実証プロジェクト等を安全に建設する」としている。6月までに公表されるとみられている第13次エネルギー計画も、同じ内容になりそうだ。

福島第一原子力発電所事故が内陸部での原発着工が先送りされた大きな要因であることは間違いないが、それだけではない。中国の権威ある組織である中国工程院は2015年、専門家による内陸原発の建設実行可能性研究を実施し、安全確保に問題ないとの結論を下していた。内陸部で建設される原発に採用される炉型は「AP1000」にすることが決まっているが、その「AP1000」がまだどこでも稼働していないため、「AP1000」の初号機となる三門1号機の稼働状況を見てからという判断が働いたことも考えられる。

いずれにしても、内陸部の原発に懸念を示す勢力があることは間違いない。内陸部の原発については、10を超える省の31ヵ所のサイトで初期実行可能性研究報告の審査が完了している。このうちとくに湖南省の桃花江、湖北省の咸寧、江西省の彭澤の3カ所が最初の内陸原発の座を争っていた。

内陸部の原発の着工時期は今のところ不透明だ。しかし、2020年までの「第13次5ヵ年」期に着工する道が閉ざされた訳ではない。中国核工業集団公司は、2030年までにシルクロード沿線国家で30基の原発を受注するという期待を表明している。内陸部が当面期待薄なら海外に活路を見出そうということかもしれない。

(窪田 秀雄)

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