トリウム利用に照準定めた中国―溶融塩炉開発が加速
2014年5月19日
2017年までに実験炉を建設へ
中国がトリウムを利用した溶融塩炉(Thorium Molten Salt Reactor: TMSR)の開発を加速している。
溶融塩炉は、原子炉容器内に黒鉛減速材を置きその間に溶融塩燃料を流動させる原子炉で、燃料塩自体が冷却材となる。トリウムを溶融塩の状態で使うのがトリウム溶融塩炉。在来の固形ウラン燃料と比べて、安全性や効率、廃棄物、核不拡散の点で優れているとされている。具体的には、トリウムの廃棄物は核兵器に簡単に転用できない、廃棄物の寿命は数百年程度でウラン燃料の数万年と比べてはるかに短い、液体のトリウム炉は高圧で運転されない、液体のトリウム炉は炉心溶融を起こさないといった利点を持つ。
トリウム溶融塩炉は、米国のオークリッジ国立研究所で1960年代に研究が進められたが、材料や部品、プラントの維持、廃棄物管理等の面で技術的な困難に直面したため計画が中止された。
そうしたなかで中国科学院は2011年1月、戦略的先導科学技術特別プロジェクトの一環としてTMSRプロジェクトを開始することを明らかにした。中国科学院は当初、TMSRの開発を4段階で進めるとしていた。
まず、2015年までは問題発見期間として2MWの実験炉を建設しゼロ出力臨界を達成した後、2年後に2MWを達成する。次の5年間では、モジュール化炉の研究開発を開始するとともに10MWの実験炉の臨界を達成する。2020~30年は実証応用段階と位置づけられており、電気出力100MWの実証炉を建設し臨界を達成する。そして、2040年までに商業利用段階に持っていくという計画だ。なお最近の情報では、実験炉の完成は2017年、実証・普及時期は2035年頃と想定されている。
このプロジェクトを担当するのは中国科学院の上海応用物理研究所で、中心人物は中国科学院副院長・上海分院長、上海科技大学校長(学長)を務める江綿恒氏だ。江沢民元国家主席の子息といった方が話が早いかもしれない。
今年に入り1月21日には、「中国科学院トリウム溶融塩炉原子力システムエクセレントイノベーションセンター」が上海応用物理研究所内に設立された。同センターには、上海科技大学、上海有机化学研究所、上海高等研究院、金属研究所、長春応用化学研究所、上海ケイ酸塩研究所等が参加している。
上海応用物理研究所は2013年6月、中国核工業集団公司傘下の核燃料成型加工企業である中核北方核燃料元件有限公司との間で溶融塩炉燃料の研究製造を共同で行うなどとした技術協力枠組み協定を締結したと発表した。中核北方核燃料元件有限公司は、固体及び液体燃料の研究製造を担当する。なお、同集団の銭智民総経理と上海科技大学の江綿恒校長は2014年3月、TMSRプロジェクトを共同で推進することに合意した。
同研究所は2013年11月、世界的な黒鉛、炭素製品メーカーの方大炭素新材料科技股份有限公司との間でもTMSR向けの原子力級黒鉛の研究開発を共同で実施する戦略枠組み協定を締結した。協定によると、共同で「溶融塩炉国産原子力黒鉛研究開発センター」を設立し、溶融塩炉向け黒鉛材料の研究開発を行う。具体的には、固体燃料と液体燃料を用いた溶融塩炉実験炉における国産の原子力級黒鉛の適用性・信頼性について共同研究を実施する。
国内に大量にあるトリウムの利用を視野に
在来の軽水炉に比べて多くのすぐれた特徴をもつことは分かるが、なぜ中国がそれほどまでにTMSRの開発に積極的なのか。江綿恒氏のリーダーシップによる部分が大きいことは言うまでもないが、それだけでこんな大がかりなプロジェクトに発展することはない。中国が国家重大プロジェクトに指定した高温ガス炉プロジェクトよりも力を入れているといっても過言でない。
ウランではなく、中国国内に豊富にあると推定されているトリウムを燃料として利用できることが最大の要因と言える。原子力は準国産エネルギーと位置付けられるが、国内に大量にあるトリウムが利用できるということになれば紛れもない国産エネルギーとなり、エネルギー安全保障の強化につながる。
TMSRが空母を含む艦船の動力に利用できる可能性を持っていることも理由の1つとしてあげられている。中国の原子力潜水艦の原子炉の信頼性や安全性には問題があるとかねてから指摘されている。英国でも2012年、海軍の技術者が軍艦用トリウム炉の設計を提案した。コンパクトなトリウム炉は、軍事基地のエネルギーを供給するためにも使用できるという指摘もある。
もっとも、中国核工業集団が開発したモジュール方式の小型炉(SMR)「ACP100」(もしくは同型炉をベースにした改良炉)を空母の動力源に利用する計画も浮上してきており、TMSRが艦船の動力としての利用が現段階で見込まれているかは明らかではない。
中国の溶融塩炉プロジェクトに米国が深く関与
中国のTSMRプロジェクトには米国が深くかかわっている。2011年1月、胡錦濤国家主席(当時)の米国訪問の際、米中クリーンエネルギー協力に関する共同声明が発表され、エネルギー研究開発協力の一環として、米エネルギー省(DOE)と中国科学院との間で、共同研究プログラムや情報交換を通じたエネルギー科学研究開発を促進する協定が調印された。この中には、高エネルギー物理や核物理、原子力科学、基礎エネルギー科学、環境科学などの分野が含まれている。
これを受け、DOEと中国科学院は2011年12月、原子力科学・技術に関する協定を締結した。この協定の中に、溶融塩炉システムの協力が盛り込まれた。具体的には、フッ化塩冷却高温炉(FHR)として知られているタイプの原子炉の開発を米国が支援するというもの。上海応用物理研究所の徐洪傑研究員が2013年10月に明らかにしたところによると、DOEのピーター・ライアンズ原子力担当次官補と江綿恒氏を共同議長とする執行委員会が設立されている。
DOEは、FHRの開発を支援するため、マサチューセッツ工科大学やカリフォルニア大学バークレー校、ウィスコンシン大学に750万ドルを提供した。ウェスチングハウス社が溶融塩炉技術の商業化に向けてDOEにアドバイスしているという情報もある。
中国、2022年までに研究開発人員を3200名に拡大へ
中国はエネルギーの安定供給というよりはむしろ、近年深刻化している大気汚染の解消のために原子力の利用拡大をはかっているとの指摘もある。確かに、国家発展改革委員会、国家能源局、環境保護部が2014年5月16日に公表した「エネルギー産業の大気汚染防止工作を強化する方案に関する通知」では、非化石エネルギーの消費割合を2015年までに11.4%、2017年までに13%まで高めるという目標を掲げた。
しかし、最近の中国の動きを見ていると、エネルギー安全保障、大気汚染防止だけでなく、原子力の持つポテンシャルを最大限引き出すことを考えていることは間違いないようだ。
最後に、中国がTMSRプロジェクトにどのくらいの予算と人員を投入しているか紹介しておこう。予算についてはほとんど公表されていないが、TMSRの実験炉プロジェクトに3億5000万ドルがついたという情報もある。一方、人員は現在は500名程度と見られている。
TMSRプロジェクトでは、上海市西北部の嘉定区に「TMSRコールド基地」、江蘇省大豊市に「TMSRホット基地」を建設する計画だが、このうちコールド基地では2017年までに1000名規模、ホット基地では650名規模、また2022年までにコールド基地で1900名規模、ホット基地で1300名規模まで拡大することを見込んでいる。2022年時点では、3200名がTMSRプロジェクトに従事することになる。
翻って日本はどうか。第4世代炉として位置づけられ、中国でも国家プロジェクトとして開発が進められている高温ガス炉に関して言えば、日本の研究・技術者の数は現在、メーカーも含めて150~200名程度とみられている。新しい「エネルギー基本計画」の中で高温ガス炉の推進が盛り込まれたことから、まさかこのままの陣容で研究開発を進めることにはならないと思うが、それにしても中国との差は歴然としている。
(窪田秀雄)