中国のソフトパワー戦略
2012年2月7日
2010年にGDPで日本を抜き米国に次ぐ世界第二位の経済大国となった中国は今、国内外に向けて「文化強国戦略」を進めようとしている。共産党中央委員会は2011年10月18日の第17回委員会第6次全体会議で「中国の文化体制改革及び社会主義文化の発展に関する若干の問題についての決定」を採択した。
同決定は「中華民族の偉大な復興」を実現するため中国の特色ある社会主義文化事業を新たに創出するとともに、国民教育等を通じて各民族共通の道徳思想と愛国精神を基礎とする国家文化体制の改革を推進することの意義と必要性を強調した。
さらに戦略的新興産業の重点分野のひとつとして文化産業を育成するとともに、中国文化の国際的な影響力を強化して「文化輸出戦略」(『文化走出去』)を推進する重要性が指摘された。同決定は「改革開放を成功させ発展を続ける斬新な現代中国社会」や「向上心旺盛で高い精神性と勤勉さをもつ中国国民」などのモチーフが中国が国際社会に向けて発信すべき好ましい国家イメージの例であるとした。
文化部文化産業司の劉玉珠司長は、中国文化は五千年の歴史を有する中華民族の血脈であり、文化産業の育成を通じて国家の総合的な魅力を高めていくことが国際競争戦略上の重要な課題であると述べている。
中国政府が「文化強国」を打ち出したことには二つの要因がある。ひとつは国内の社会的背景で、経済的な発展を経て中国では精神的な豊かさを求める一般国民のニーズがにわかに高まっている。多くの国民がややゆとりを感じることができる「小康社会」を実現する目標を掲げる中国政府は、経済面のみでなく文化面での豊かさの水準向上も大切な課題として注目するようになった。
ふたつ目は産業構造の転換の必要性である。国際金融危機による経済不況の影響を受けて中国でも失業率の上昇や貿易額の縮小など困難な経済運営の局面を迎えている。長期にわたって持続的な成長を実現していくためには産業構造の転換を図っていくことが不可欠で、文化産業は戦略的新興産業として有望視されている。中国の文化的資源は豊富であり国際的な影響力をもちうるが、そのソフトパワーはまだ十分に活用されていない。
2011年10月14日付「中国日報」英文版は調査会社Anholt-GFK Roperが定期的に実施している世界50カ国を対象とした国家イメージ調査の結果を伝えた。同調査はNBI(National Brand Index)として知られ、①輸出(製品・サービス)、②政府(効率性・公平性・民主化の度合い、)、③文化(芸術・スポーツ・娯楽)、④国民の資質(教育・コンピタンス)、⑤観光(自然や人工物の魅力)、⑥投資(投資の魅力・社会政治状況)――の6項目で各国のイメージを得点化してランキングを公表している。
2011年の同調査によると中国は22位で、前回(2008年)の26位から4つランキングが上昇した。6つの評価項目のうちでは「文化」の得点が最も高く、「政府」の項目が最も評価ポイントが低かった。国家イメージの上位5カ国は米国、ドイツ、英国、フランス、日本の順となっている。
北京師範大学政治国際関係学部の趙勝軍・学部長は、北京オリンピックや上海万博などの国際的イベントで中国政府が国家イメージ向上のPR活動を積極的に行った結果、中国の国際的な国家イメージは急速に向上したと指摘する。中国政府は2010年に国務院新聞弁公室に国家イメージ向上のためのプロモーションビデオ制作チームを立ち上げ、2011年1月からニューヨークのタイムズ・スクエア広場の巨大ディスプレイで放映するなどのイメージ戦略の取り組みも展開した。
2011年11月23日付「新華網」は社説で、一国のイメージは政治、経済、軍事などハードパワーの側面と政治思想、伝統文化、国民の資質などソフトパワーの側面が一体となって形成されるとの主張を掲載した。企業が先進的技術を世界に向けて積極的に輸出することや空港での入国管理官の執務態度、ショップや飲食店等での従業員の接客サービスの質を向上させることも良好な国家イメージづくりのために重要であることを指摘している。
また「人民網」英語版は2011年4月6日付の社説で、中国は世界最大の輸出大国になったがMade in China製品の品質やサービスのイメージは相変わらず「安かろう、悪かろう」のままであると指摘した。先進各国の輸出製品のイメージを一言で形容すれば、米国は「革新的」、ドイツは「完璧性の追求」、日本は「たゆみない改善」などの好ましいイメージが定着している。では、中国製品を一言で形容するとすれば、どういう言葉になるか。この問いが明瞭に答えられなければならないと主張する。
グローバル経済化が進展する世界市場においては輸出製品の品質及びサービスに対する評価向上に取り組まないことには、国家イメージの改善やソフトパワーの輸出は思うように進まない。
中国政府は2011年11月9日、工業情報化部が中心となって編成した「工業製品品質発展12次5カ年規画」を公表した。広範な工業製品の分野で品質レベルは国際的な先進水準に概ね達したとしながらも、全体的な産業の発展状況に不均衡があり一部では国際水準に大きく劣る分野が存在すると現状を総括した。企業のイノベーション能力を強化するとともに品質に対する企業の責任意識と管理規範の強化を図りながら、輸出製品の品質向上をテーマとした国内運動を継続的に展開していく。
同規画は、具体的な重点目標として2015年までに中国企業による独自ブランド製品の飛躍的な品質向上を図り、アフターサービスを改善することで国際的競争力を高め、中国市場の85%及び輸出製品の30%を中国ブランド製品が占めるとともに世界的知名度を有する一群の中国企業ブランドを育成することを掲げた。
中国共産党のほか民主党派や教育、実業等各界の代表で構成される全国政治商協会議の場でも、経済発展に相応しい国家文化イメージを樹立すべきとの活発な議論が交わされている。全国委員の中国民間文芸家協会の憑驥才主席は、中国社会の高い平等性や家族と家庭を重視する文化、父母や目上の人を敬う孔子の儒教思想、孫子の兵法の観念などは中国独自の価値観であり、中国文化の基盤であると主張する。
また同様に全国委員である中国無形文化遺産保護センターの田青・主任は、四川大地震の際に政府の強力なリーダーシップのもとで国家と国民が一致して被災地の人々の救援に当たったことや、リビア騒乱の際に短期間のうちに数万人規模の同胞を無事に帰国させた事例などに見られるように、一般国民の生命及び安全を等しく尊重する理念が世界に誇るべき中国の国家イメージに相応しいとの意見を述べた。
元国家発展改革委員会文化産業研究センター主任で現在は中国媒体大学の斉勇鋒研究員は、中国の文化・思想は西洋のそれを対照的に補完する要素が多く、中国の伝統的な哲学や思想は欧米流の過度な個人主義を背景とする多くの現代社会の問題を是正する力をもっていると指摘する。世界的危機の時代を克服するためにも中国文化が国際的な影響力を発揮して貢献する意義が大きいという。
中国の次期国家主席と目される習近平・国家副主席は2月14日から訪米しオバマ大統領らと会談を行い、両国が対等な立場で互恵的関係を発展させていくことが重要であるとの考えを訴えた。東西の2大大国の時代を迎え、世界が安定した秩序のもとで発展するためにも両国が相互の価値観を認め合う平和的な関係が構築されることが望ましい。
中国が世界に向けて真にソフトパワーを発揮することができるかどうかは、自国の歴史や文化に根差したメッセージとして人類社会に普遍的な価値観を発信するとともに、それに相応しい国家としての立ち振る舞いを通して体現していくことができるかどうかにかかっている。
(高木 正勝 )